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東京地方裁判所 昭和35年(行)45号 判決

原告 太田政記

被告 日本専売公社総裁

訴訟代理人 館忠彦 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和三四年一二月三日付でした原告に対する製造たばこ小売人不指定処分に関する訴願を棄却する旨の裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三四年七月一〇日日本専売公社東京地方局長に対し、製造たばこ小売人指定の申請をしたところ、同地方局長は同年九月七日不指定処分をしたので、原告は同月一四日被告に対し訴願を申立てたところ、被告は同年一二月三日付で訴願を棄却する旨の裁決をし、裁決書は同月六日原告に送達された。

二、しかしながら、原告にはたばこ専売法第三一条第一項各号に規定するたばこ小売人としての欠格事由は存在しないから、東京地方局長の右不指定処分は違法であり、したがつてこれを容認した被告の裁決もまた違法である。よつて被告の裁決の取消を求める。

三、原告の予定営業所は、住宅地ではなく市街地である。これは東京都内の戦後の市街地構成実態よりみて立証される。そして市街地とすれば、既設隣接小売人とは一方が一〇七米、他方が二四八米離れており、いずれも一〇〇米以上離れているから、被告の取扱手続第一三条に反しないわけである。のみならず、原告は昭和三四年七月より、肩書住居地に赤電話(委託公衆電話)の設置を許され、切手類売捌人ともなつたが、これにより附近の住民はもちろん通行人も利便を感じ居り、現在、郵便切手収入印紙の取扱販売高は月額十五万円以上にも達し、赤電話も毎日四〇通話前後の利用をみており、このようにして右施設後は交通の量及び流れに著しい変化を来しているのである。因みに、右のような変化は右昭和三四年七月以前においては予想もできなかつたことであり、そのため赤電話の設置をうけるにあたり電々公社は難色を示したものであるが、この点赤電話の設置を強く主張してこれを遂げた原告の努力は自負するに足るものと考えている。更に原告は、これも自負するに足る世界最初の法律、電話担保制度を生まれしめた記念に、記念たばこを発行したいのであり、このような境遇を東京都を中心とする原告と特別関係ある者に理解せしめ、たばこ購入による原告の事業への協力を確約せしめるならば、現在の環境下においても既設小売店の売上げになんら圧迫を加えずして、月額十五万円はもちろん二十五万円以上のたばこ売上高をあげ得る自信があるのである。なお、原告は恩給法にいう身体障害者であり、被告の主張する既設近接営業所(菊地たばこ店)は専業ではなく、象牙彫刻業との兼業である。

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁及び被告の主張として次のとおり述べた。

一、原告の主張第一項は認めるが、同第二項は争う。

二、原告は、日本専売公社東京地方局長(以下地方局長という。)に対し、その予定営業所を原告の肩書住居地である東京都北区上中里一丁目一四番地の一として製造たばこ小売人に指定の申請をした。そこで地方局長は右申請に基づき、予定営業所の位置、予定営業所と既設近接営業所との距離(小売人の廃業跡をも勿論考慮した。)、供給予定区域の製造たばこの需給状況等について実地調査を行い慎重に審査した結果、たばこ専売法第三一条第一項第三号、第四号及び日本専売公社総裁昭和二五年達第五〇号製造たばこ販売事務取扱手続(以下取扱手続という。)第一一条、第一三条の欠格事由に該当することが明らかとなつたので、被告を小売人に指定しないこととしたのである。

(一)  原告の予定営業所と既設近接営業所との距離について

小売人の指定は、人口の密度、人の通行量、消費者の利便等諸種の事情を総合的に考慮して決定するものであるから、当然予定営業所と既設営業所との距離が必要不可決の要素となる。しかしこの距離も機械的に測定するものではなく、前記事情を考慮しつつその取扱高の基準を維持することにあるので、この距離も当然指定後最も影響をうける既設近接営業所のみをその距離の対象とすべきものといわなければならない。

しかるに本件の場合においては、既設近接営業所の取扱高の実績は少なく、これに加うるに、前記取扱手続第一三条によれば、原告の予定営業所の属する北区は指定都市の住宅地であつて既設営業所との距離は少くとも二〇〇米以上であることを要するところ、原告の予定営業所と既設近接営業所との距離は僅かに一〇六米にすぎずその標準を著しく下廻つているのであるから、原告の取扱高はこの点からも期待出来ないので、地方局長は原告の予定営業所の位置が近接営業所に接近し不適当と認定したのである。

(二)  原告の予定営業所の取扱高について

原告の申請地区の小売人の月平均取扱予定高は、前記取扱手続第一一条により十五万円を要するところ、原告の予定営業所の位置は板塀等に囲まれた住宅街の中心にあり、しかも既設近接営業所が国電上中里駅に通ずる道路に位置しているのに対し、原告の予定営業所は右上中里駅に通ずる道路から東の方向へ直角に入つた道路の中央に位置するため、日中の人の通行量も少ないので、原告の予定供給区域は、原告の職業による人の出入、原告宅に架設のいわゆる赤電話の利用度及び郵便切手等売捌人としての地位等を勘案するも結局前記住宅地の限られた世帯数がその対象のほとんどであつて、右予定供給戸数から推定される原告の予定営業所の取扱予定高は月額八万円程度で、既設営業所の販売実績にはもちろん、前記標準にも達しないことが認められたので、地方局長は原告を小売人に指定することを不適当と認めたのである。

したがつて、とくに消費者の便宜を考慮するも既設近接営業所の存在により原告に対する指定の必要をみないとし地方局長が不指定の処分をしたことは正当である。

よつて、原告の訴願に対する被告の棄却決定も、地方局長と同様の認定のもとになされたものであるから右決定を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は失当である。

(証拠省略)

理由

原告の主張第一項の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いない乙第一号証、同第二号証によれば、原告が肩書住居地である東京都北区上中里一丁目一四番地の一を予定営業所と定めて本件たばこ小売人指定申請をしたのに対し、日本専売公社東京地方局長は、既設小売人に近接、販売見込額僅少との事由で、不指定処分をしたこと、これに対する原告の訴願に対し被告はほぼ右と同様の事由、すなわち既設小売店との距離、原告の予定営業所の位置及び附近小売人の販売実績から認められる販売見込高、のいずれもが公社の定める標準に達しないことを事由に、たばこ専売法第三一条第一項第三号及び第四号に該当するとして申立棄却の本件裁決をしたものであることが認められる。ところで日本専売公社総裁昭和二五年達第五〇号製造たばこ販売事務取扱手続は、製造たばこの需要量、人工密度、人の通行量及び需要者の利便等に基き、地区ごとに小売人の理想配置数を想定し、この理想配置の状態で小売人が販売し得る一ケ月の標準取扱高を定めているが、右規定は指定の許否の基準として正当なものと考えられるところ証人永井正の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件不指定処分ないし本件裁決の当時、原告の申請した予定営業所の属する地区は、地方局長によつて、右取扱手続第一一条にいう六級地で標準取扱高は一ケ月十五万円であると定められていたことが認められるところ、成立に争ない甲第一号証、乙第一号証、証人永井正の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、原告の予定営業所の位置は板塀等に囲まれた住宅街の中心にあり、既設近接小売人である菊地小売人の営業所が国電上中里駅に通ずる道路に面しているのに対し、原告の予定営業所は右の道路から東の方向へ直角に入つた道路のほぼ中央に位置するため、人通りも上中里駅に通ずる右道路より少なく、しかも菊地小売店からの距離は一〇六米位しか離れていないため、仮に原告がたばこ小売人に指定された場合でも、たばこの供給対象に格別の変化がもたらされるとは考えられず、結局売上を菊地小売店と分け合う結果となるものと考えられること、菊地小売店の昭和三三年の一年間の売上実績から割出した一ケ月のたばこ取扱高は約十二万円であること、が認められ、菊地小売店の業績が特に悪く、右地域に更に小売店の増設を必要とする事情の存することはこれを認めるに足る証拠もないから、原告の予定営業所の一ケ月のたばこ取扱予定高は、公社の定める前記標準取扱高一ケ月十五万に達しないものと認めざるを得ない。本件たばこ小売人指定の申請当時、原告の予定営業所である肩書住居地にいわゆる赤電話が設置され、その他切手売捌人ともなつたことは証人浅田進の証言、成立に争ない乙第一号証によりこれを認めることができるけれども、これらのことを勘案しても、少なくとも本件不指定処分ないし本件裁決の当時においては、前記のような原告の予定営業所の位置、菊地小売店の販売実績からして、仮に原告がたばこ小売人に指定された場合標準取扱高を超える取扱実績を挙げうるものとは直ちに考えられないのであり、証人浅田進の証言によつても前記認定を左右するに足りないのである。なお、原告は営業所以外に出張して販売すれば標準取扱高をはるかに超える売上高を挙げうる旨主張するようであるが、たばこ専売法は、小売人の指定をうけるためには、出張販売によらなくても営業所自体での取扱予定高が公社の定める標準に達すべきことを要求しているものと解すべきである。(同法第三〇条第一項、第三項、第四項等参照)から、右のような主張はそれ自体失当といわざるをえない。

してみれば、少くとも本件不指定処分ないし本件裁決当時においては、原告の予定営業所は、その位置が小売業を営むのに不適当であり、又取扱予定高が公社の定める標準に達しないものとして、たばこ専売法第三一条第一項第三号第四号に該当するものといわねばならない。よつて本件不指定処分は違法といえず、これを容認した本件裁決もまた違法といえないから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

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